下重暁子『家族という病』が問う家族のあり方とは?家族観と生き方を徹底解説!ベストセラー『家族という病』が問いかける家族の本質
元NHKアナウンサー下重暁子。40代で作家転身し『家族という病』でベストセラーに。家族観を問い直し、個人が自由に生きる道を示す。女子競輪復活にも尽力。言葉の力で読者の心に響くエッセイは必読。80歳を超えてもなお、新たな挑戦を続ける彼女の生き様は、多くの人々に勇気を与える。
NHKアナウンサー時代
野際陽子はなぜNHKを退社したのか?
女性アナウンサーの限界を感じたため
野際陽子さんと下重暁子さんの、アナウンサーとしての歩みと、その後の人生は興味深いですね。

✅ 1958年、NHKアナウンサー試験に合格した野際陽子と下重暁子は、当初アナウンサーという職業に魅力を感じておらず、むしろ「何でもできるけど、何にもできない」職業だと考えていた。
✅ NHK在職中は、四畳半一間の寮生活を共にした二人。下重は野際の仕事への情熱や自立した生き方に憧れ、真似をする一方で、自分自身の個性を見出すために努力を重ねた。
✅ 伊勢湾台風では、女性であることを理由に災害報道から締め出され、無力感を味わった経験から、野際は女性が社会で活躍するための限界を感じ、NHKを退社。その後、女優業へと転身し、活躍の場を広げていく。
さらに読む ⇒ニュース出典/画像元: https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/ece80666811fad357387e6c0f63c5901c7ad93d7女性アナウンサーとして、社会的な制約があった時代の葛藤が、よく分かりますね。
野際陽子と下重暁子は、1950年代後半にNHKに入社した女性アナウンサー。
共にアナウンサーの仕事に魅力を感じていたわけではなく、むしろ「何でもできるけど、何にもできない」と感じていた。
野際は学生時代に演劇に携わっていたことから、詩や物語を朗読する仕事ができればと思い、NHKに入社。
下重は、野際の美しさに魅了され、憧れの存在として慕っていた。
当時のNHKは女性アナウンサーの活躍の場が限られており、伊勢湾台風の際にも、女性アナウンサーは自宅待機を命じられた。
野際は、女性アナウンサーの限界を感じ、4年後にNHKを退社し、女優の道を歩むことになる。
下重は、野際の経験を踏まえて、自身の道を模索していくことになる。
あの時代、女性の活躍は本当に限られていたのでしょう。それでも道を切り開いたお二人は立派です。
『家族という病』が問う家族のあり方
家族という病は、どんな社会の実現を願っている?
個人が自由に生きる社会
本書が問いかける家族のあり方、現代社会の抱える問題に深く切り込んでいますね。

✅ 「家族」という概念が過度に美化され、現実には様々な問題やトラブルを抱えているにも関わらず、日本では「家族」が理想化されている現状を批判的に分析しています。
✅ 著者は「家族のことしか話題がない人はつまらない」「家族写真入りの年賀状は幸せの押し売り」と、家族中心主義的な価値観に対する痛烈なメッセージを発信しています。
✅ 家族という幻想から抜け出し、その実態を冷静に見つめることで、「家族とは何か」という根本的な問いを投げかけている一冊です。
さらに読む ⇒幻冬舎出典/画像元: https://www.gentosha.co.jp/book/detail/9784344983762/家族というものが持つ、光と影の部分を冷静に見つめることの大切さを感じます。
下重暁子氏の『家族という病』は、家族の絆がもてはやされる一方で、家族がらみのトラブルが絶えない現代において、家族とは何かという根本的な問いを投げかける内容です。
本書では、家族の絆を強調し、個を殺して全体主義的な社会を構築しようとする動きに対して警鐘を鳴らし、家族という枠組みから解放され、個人が自由に生きる道を模索することを提唱しています。
下重氏は、家族関係におけるストレスや葛藤、親子の間の不理解、そして孤独死への考え方など、現代社会における家族の現状を鋭く分析し、現代の家族観や生き方に対する疑問を提起しています。
また、自身も子供を持たないことから、家族という枠組みから自由な視点で、家族のあり方や幸せについて独自の考えを展開しています。
特に、個人が自由に生き、自分の人生を自分で決めることの重要性について力強く訴えかけています。
下重氏は、家族という枠組みから解放され、個人が自分らしく生きることを選択できる社会の実現を願っています。
家族って、良い面もあるけど、ちょっと息苦しくなる時もあるよね。下重さんの考え、ちょっと分かるかも。
下重暁子さんのプライベート
下重暁子さんはどんな経歴の持ち主?
元NHKアナウンサー、作家、評論家
本書の詳細から、下重暁子さんの多岐にわたる活動と、その背景が良く分かりますね。

✅ 本書は、読書人の雑誌「本」(講談社)2017年5月号~2018年4月号に掲載された連載エッセイ「その結婚、続けますか?」を書籍化したものです。
✅ 著者は、下重暁子氏。早稲田大学教育学部卒業後、NHKアナウンサーを経て、フリーとなり、現在も文筆活動を行っています。
✅ 本書は、2018年6月21日に講談社+α新書より発売され、価格は858円(本体780円)です。
さらに読む ⇒講談社「おもしろくて、ためになる」を世界へ出典/画像元: https://www.kodansha.co.jp/r/book/product?item=0000312054下重さんの幅広い活躍や、様々な経験が、彼女の思想を形作っているのがよく分かります。
下重暁子さんは、1936年生まれの作家・評論家で、元NHKアナウンサーです。
早稲田大学教育学部国語国文学科を卒業後、1959年にNHKに入局しました。
野際陽子さんの1年後輩にあたるそうです。
NHK退職後はフリーアナウンサーとなり、作家・評論活動を始めました。
また、女子競輪「ガールズケイリン」の復活にも尽力し、2008年から2011年まで財団法人JKAの初代会長を務めました。
下重暁子さんは、幼少期に父親の自暴自棄による家庭崩壊を経験し、家族のあり方について深く考えるようになりました。
その経験から、2015年に「家族という病」という本を出版し、ベストセラーとなりました。
本書は、従来の家族観を否定し、血縁ではなく心の繋がりこそが家族であると主張し、多くの人々に共感を得ています。
下重暁子さんは、2018年8月放送の『ビビット』に出演し、家族について自身の考えを語りました。
また、番組では「家族という病」が60万部の大ヒットとなっていることも紹介されました。
下重暁子さんは、2018年8月放送の『爆報!THEフライデー』に出演し、盲目の瞽女(ごぜ)で人間国宝の小林ハルさんについて語りました。
小林ハルさんは1900年生まれで、生後3か月で失明。
5歳から瞽女の修行を始め、8歳から三味線ひとつで各地を旅しました。
小林ハルさんの芸「瞽女唄」は選択無形文化財に指定され、小林ハルさんはその保持者として人間国宝に認定されました。
下重暁子さんは、小林ハルさんのノンフィクション小説「鋼の女―最後の瞽女・小林ハル」を執筆しています。
『爆報!THEフライデー』では、小林ハルさんの壮絶な人生が紹介される予定です。
NHKアナウンサー三十五期生の同期会が熱海で行われ、生き残りの七人と先生一人、計八人が集まりました。
かつて二十三人が入局していましたが、すでに亡くなった同期が十人おり、出席者は生者よりも物故者が多くなってしまいました。
下重暁子氏は、こうした同窓会はあまり好きではないものの、NHKアナの同期会だけは時間の許す限り出席するそうです。
それは、大学を出て初めて社会人となり、二十三人がまるで兄妹のように仲良く過ごした日々があったからでしょう。
特に、故行天良雄先生との絆は深く、行天先生が健在なうちは二年か一年に一回は同期会を開くことにしています。
今年は、幹事役が、生者も死者も全員そろった名簿を作って配ってくれたため、懐かしい顔ぶれが思い出され、口癖が聞こえてくるような感覚になったそうです。
下重暁子氏は、思い出とは、思い出すことだと述べ、その瞬間、死者は生き返り、生者の仲間入りをするように感じると語っています。
行天先生は、今年九十五歳でありながら、弟子たちよりも若々しく、健康で、今も一人で京都へ旅をするなど、矍鑠とした姿を見せています。
下重暁子氏は、行天先生のような生き方を目標に、これからも人生を楽しんでいきたいと考えているようです。
えらい人がいっぱい出てきて、すごい話やなぁ。人生、いろいろあるんやね。
この記事を通して、下重暁子さんの人生と思想に触れ、家族観や生き方について深く考えることができました。
💡 『家族という病』を通して、家族のあり方、個人としての生き方を問いかける。
💡 下重暁子さんの半生と、様々な経験が彼女の思想を形成している。
💡 家族という枠にとらわれず、個として自由で健やかに生きることの大切さ。