脱サラ農家・遊佐謙司さんの挑戦!有機農業と地域との繋がりとは?有機農業で地産地消を目指す遊佐農場の軌跡
都会の会社員から一転、埼玉県越谷市で有機農業を営む遊佐謙司さん。46歳で就農し、固定種を育て、種を繋ぐ循環農業を実践。マルシェでの販売や加工品開発、地域住民との交流を通して、食の循環を創出。コロナ禍を乗り越え、八百屋「遊佐農場」をオープン。2024年には埼玉県指導農業士に。未来の農業を担う仲間を増やし、地域に根差した活動を展開中。食と地域を繋ぐ、遊佐さんの挑戦がここに。

💡 元会社員の遊佐さんが、埼玉県越谷市で有機農業を開始し、100種類もの野菜を栽培。
💡 脱サラ後、農業大学校で学び、有機農法を実践。地産地消を目指し、加工品も開発。
💡 地域との繋がりを重視し、味噌作り教室やイベントを開催。未来の農業を牽引。
それでは、遊佐さんの熱い思いと、有機農業を通して地域を盛り上げる活動について、詳しく見ていきましょう。
脱サラ、そして土へ
会社員から転身!遊佐さんの有機農業、何がすごい?
農薬・化学肥料なし!種を繋ぐ循環農業!
会社員から農家へ転身した遊佐謙司さん。
デスクワークへの違和感をきっかけに、40代で農業の道へ。
農業大学校で学び、有機農業を志します。

✅ 埼玉県越谷市の自然食品店「遊佐農場」で、農家の遊佐謙司さんが味噌作り教室を開催し、有機農業の理念を伝えている。
✅ 遊佐さんは脱サラ後、栃木県立農業大学校で学び、小川町の有機農家で研修を積んだ後、約100種類の野菜や麦などを循環型の有機農業で栽培している。
✅ コロナ禍で開店直後に客足が途絶えるなど苦労もあったが、現在は有機野菜やオリジナル商品「越谷麦茶」「越谷黒うどん」などを販売し、地産地消を目指している。
さらに読む ⇒東京新聞 TOKYO Web出典/画像元: https://www.tokyo-np.co.jp/article/232190脱サラからの就農は大変だったと思いますが、師匠との出会い、農地探し、農機具の購入など、様々な苦労を乗り越えて現在に至るのですね。
埼玉県越谷市を舞台に、遊佐謙司さん(54歳)は、40代で会社員を辞め、46歳で就農を決意しました。
元はインテリア関係の会社員だった遊佐さんは、デスクワークに違和感を覚え、農業大学校で学びました。
農地も農機具もない状態からのスタートでしたが、有機農法による農業を志し、師匠から学びながら、農地探しや農機具の購入に奔走しました。
2016年に越谷で就農し、農薬や化学肥料を使わない循環型の有機農業を実践。
固定種を中心に栽培し、種から育て、収穫した種を次世代に繋げる循環農業を目指しています。
すごい!40代で新しいことに挑戦するって、ほんと尊敬します!私も将来、自分の好きなこと見つけたいな。
挑戦と学びの日々
就農初期の苦労を乗り越えた秘訣は?
消費者との繋がりと、固定種・加工品の開発。
テレビ番組で紹介された「遊佐農場」。
黒うどんが話題となり、古民家複合施設「はかり屋」で販売されています。
小麦栽培からこだわった逸品です。

✅ テレビ朝日の「人生の楽園」で越谷市の「遊佐農場」が紹介され、黒うどんが話題となっている。
✅ 遊佐農場は、古民家複合施設はかり屋内で、旬の野菜や「越谷黒うどん」、「越谷麦茶」などのオリジナル商品を販売している。
✅ 黒うどんは、小麦の栽培からこだわり、ここでしか味わえない商品の一つで、夏野菜と共に今年の夏を乗り切るのにぴったり。
さらに読む ⇒号外NET 越谷市出典/画像元: https://koshigaya.goguynet.jp/2021/08/15/yusanojo-kuroudon/就農当初は苦労もあったと思いますが、マルシェへの出店や加工品の開発など、工夫を凝らして販売戦略を立てられたんですね。
その柔軟性も見習いたいです。
就農当初、収入がない中で、遊佐さんは販売方法を模索しました。
卸売ではなく、マルシェへの出店などを通じて消費者の反応を直接感じ、自分に合った販売スタイルを見つけました。
越谷地域に伝わる固定種を栽培し、種採りも行い、その重要性を啓蒙しています。
また、野菜を無駄にしないために加工品作りにも力を入れ、レストランのシェフや製麺業者などと連携し、オリジナル加工品「越谷麦茶」や「越谷黒うどん」などを開発しました。
オープン準備中にコロナ禍に見舞われるという困難も経験しましたが、「踏まれるほど、もっと強く。
麦のごとくです」という言葉を胸に、農業を続けています。
ほな、黒うどん食べに行こか!小麦からこだわってるっちゅうのは、そそられるなぁ。夏野菜と一緒に食べたら、最高やろな!
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地域に根ざし、6次産業化を進める遊佐さん。新鮮野菜販売や食育イベントで地域を活性化!未来へ繋がる持続可能な農業を実践。