楠田枝里子、美貌と知性を兼ね備えた才媛の多才な活躍とは?楠田枝里子の輝かしいキャリアと、変わらぬ探究心
才色兼備のマルチタレント、楠田枝里子。元日テレアナウンサーとして『おしゃれ』で人気を博し、その後フリーへ転身。『なるほど!ザ・ワールド』で司会として世界を駆け巡り、科学への情熱を活かした執筆活動でも才能を発揮。72歳となった今も、サイエンスライター、絵本作家、そして故郷三重県の観光大使として活躍。常に新しいことに挑戦し、その知性と美しさで私たちを魅了し続ける、楠田枝里子の人生に迫る。

💡 元日本テレビアナウンサーで、現在フリーアナウンサー、タレントとして活躍しています。
💡 代表作は「なるほど!ザ・ワールド」。科学への情熱も持ち合わせている。
💡 現在は「みえの国観光大使」を務め、多岐にわたる活動をしています。
彼女の生い立ちから、現在に至るまでのキャリアを紐解き、その魅力に迫ります。
生い立ちと初期キャリア
楠田枝里子が人気を博した理由は?
美貌と長身、そして知性。
楠田枝里子の生い立ちから、アナウンサーとしてのキャリアをスタートするまでを振り返ります。

✅ 楠田枝里子アナウンサーは元日本テレビアナウンサーで、現在はフリーアナウンサー、タレントなど多岐にわたる分野で活躍しており、1974年から活動しています。
✅ 三重県出身で東京理科大学を卒業後、日本テレビに入社。退社後は『なるほど!ザ・ワールド』や『世界まる見え!テレビ特捜部』などの番組で司会を務めました。
✅ 結婚歴はなく、独身であることを公表。結婚に対する自身の考えや、女性の負担に対する疑問などを語っています。
さらに読む ⇒女性アナウンサー大図鑑出典/画像元: https://joseiana.com/archives/104918美貌と才能を兼ね備え、多方面で活躍されています。
科学への情熱も素晴らしいですね。
1952年1月12日、三重県伊勢市で生まれた楠田枝里子は、東京理科大学理学部を卒業後、日本テレビのアナウンサーとしてキャリアをスタートさせました。
その美貌と才気で、『おしゃれ』などの番組で活躍し、その後、フリーアナウンサーへと転身。
そして、1980年代には、洗練されたファッションと175cmという長身を活かし、斬新なビジュアルで人気を博しました。
彼女のライフワークとも言える科学への情熱は、アナウンサー時代から一貫しており、科学エッセイ『ロマンチック・サイエンス』を出版しベストセラーとなりました。
うーん、すごいですね。私も将来、楠田さんみたいに色んなことに挑戦したいな。
『なるほど!ザ・ワールド』での活躍
楠田枝里子の代表作は?あの人気番組は何?
『なるほど!ザ・ワールド』です!
『なるほど!ザ・ワールド』での司会者としての活躍と、愛川欽也さんとの関係性に迫ります。

✅ 紀行クイズ番組「なるほど!ザ・ワールド」について、楠田さんは番組の活気と関係者の温かい関係を振り返り、愛川欽也さんの存在を語った。
✅ 楠田さんは、愛川さんの司会者としての技術に感謝の意を表し、自身もエンターテインメントの司会について学んだと述べている。
✅ 昨年夏に会った際には元気だった愛川さんの訃報に接し、楠田さんは大きなショックを受けている。
さらに読む ⇒スポニチ Sponichi Annex出典/画像元: https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2015/04/17/kiji/K20150417010186900.html愛川欽也さんとの息の合った掛け合い、すごかったです。
番組のテーマも面白かったですよね。
フリー転向後、楠田はフジテレビのプロデューサーから司会のオファーを受け、1981年から1992年まで人気番組『なるほど!ザ・ワールド』の司会を務めることになりました。
番組のコンセプトが自身の興味と合致したこともあり、快諾したといいます。
番組では、愛川欽也氏からスタジオの空気作りを学び、時間帯に合わせた話し方を意識することで愛川氏との息の合った掛け合いを実現し、視聴者を引き込む司会術を磨きました。
『なるほど!ザ・ワールド』では、世界各国の文化や情報を伝え、楠田自身も年間10回ほど海外へ赴き、その経験をトークに活かしました。
また、彼女は衣装にもこだわり、視聴者に驚きと楽しさを提供することを目指しました。
この番組を代表作とし、司会業では『世界まる見え!テレビ特捜部』『FNS歌謡祭』など、数々の番組で活躍しました。
せやけど、愛川さんの司会術は教科書レベルやったなぁ。楠田さんもエエとこ盗んだんやろな。
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多才な楠田枝里子、72歳でますます輝く!執筆、テレビ、社会貢献… 知的好奇心とロマン溢れる彼女の魅力に迫る!