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森英恵展覧会中止!?華麗なるデザイナーの人生と蝶のモチーフ中止になった展覧会「森英恵 世界にはばたく蝶」と、デザイナー人生の軌跡

森英恵、東洋と西洋を融合した唯一無二のデザインで世界を魅了した伝説のデザイナー。彼女の生き様、家族の絆、そして受け継がれる美意識に迫る。

森英恵展覧会中止!?華麗なるデザイナーの人生と蝶のモチーフ中止になった展覧会「森英恵 世界にはばたく蝶」と、デザイナー人生の軌跡

📘 この記事で分かる事!

💡 2023年2月22日から5月6日まで、茨城県水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催予定だった森英恵展覧会「森英恵 世界にはばたく蝶」が中止になったこと

💡 森英恵さんの幼少期からパリでの活動、そして日本のファッション界への貢献まで、デザイナーとしての歩み

💡 森英恵さんが家族に与えた影響と、3世代にわたる森家の創造性の継承

それでは、森英恵さんの魅力について詳しく見ていきましょう。

華麗なるデビューとパリでの衝撃

森英恵のデザインに最も影響を与えた出来事は何?

シャネルとの出会い

森英恵さんの展覧会の中止は本当に残念ですが、この機会に彼女の生涯と功績を振り返り、改めてその素晴らしい世界に触れてみましょう。

歳を迎えた森英恵「シャネル」のサロンを訪れた初めての東洋人情熱で突き進んだ人生の知られざる一面

公開日:2020/04/13

歳を迎えた森英恵「シャネル」のサロンを訪れた初めての東洋人情熱で突き進んだ人生の知られざる一面

✅ この記事は、2023年2月22日から5月6日まで茨城県水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催された予定だった、森英恵の展覧会「森英恵 世界にはばたく蝶」について、中止に至った経緯と、森英恵の人生とデザイナーとしての軌跡を紹介しています。

✅ 特に、森英恵が幼少期からファッションに関心を抱くようになった背景、映画衣裳のデザインを通して腕を磨いたこと、そしてパリでココ・シャネルから大きな影響を受けたエピソードなどが詳しく述べられています。

✅ この記事は、森英恵の展覧会が中止となってしまった状況を残念に思いながらも、森英恵のデザイナーとしての歩みと、彼女の作品に込められた思いや時代背景を深く理解できる内容となっています。

さらに読む ⇒出典/画像元: https://www.wwdjapan.com/articles/1068109

森英恵さんの人生は、まさに「華麗なるデビュー」という言葉がぴったりですね。

森英恵は、幼い頃から「装う」ことに強い関心を持ち、東京女子大学卒業後、ドレスメーカー女学院に通い、映画衣裳デザインなどを通じて服作りに情熱を注ぎました。

1951年からデザイナーとして活動を続け、映画衣装、オートクチュール、仕事着、小物、制服など幅広い分野で活躍しました。

1950年代から映画衣装を数多く手がけ、石原裕次郎や吉永小百合など人気俳優たちの魅力を引き出し、街の流行を牽引しました。

森英恵は、1961年にパリへ渡り、ココ・シャネルのオートクチュールショーを見て衝撃を受け、自身のためにシャネル・スーツをオーダーしました。

彼女は、シャネルサロンを訪れた初めての東洋人であり、ココ・シャネルからオレンジ色の着こなしを提案されました

この出会いは、森英恵のデザインに大きな影響を与え、東洋と西洋を融合させたエレガントなデザインを生み出すきっかけとなりました。

1965年にはニューヨークで海外初のショーを開催し、その後アメリカでの活動を展開。

蝶をモチーフにした革新的なスタイルで「EASTMEETSWEST」と評されました。

えー、森英恵さんってすごい人なんだ!パリでココ・シャネルに会って影響を受けたって、めっちゃ憧れる!

パリ・オートクチュールでの挑戦と成功

森英恵はどんな点で日本のファッション界を牽引したの?

パリで活躍したオートクチュールデザイナー

Chapter-2では、森英恵さんがパリ・オートクチュールでどのように活躍されたのか、詳しく見ていきましょう。

日本からパリのオートクチュールまで:マダム・バタフライ、森英恵の魅惑の運命。

公開日:2022/08/19

日本からパリのオートクチュールまで:マダム・バタフライ、森英恵の魅惑の運命。

✅ 森英恵は、東洋と西洋の文化を融合させた独創的なファッションデザインで知られる日本人デザイナーであり、96歳で逝去しました。

✅ 彼女は1977年に日本人女性として初めてパリ・オートクチュール協会に入会し、花や構造的なデザインを特徴とする作品で世界的に有名になりました。

✅ 森英恵は、「マダム・バタフライ」の異名を持つように、蝶のモチーフを頻繁に用い、東洋の美意識と西洋のファッションを融合させたスタイルで、ファッション界に革新をもたらしました。

さらに読む ⇒(フィガロジャポン)出典/画像元: https://madamefigaro.jp/culture/220819-hanae-mori-01.html

森英恵さんは、東洋と西洋の融合という難しい課題に挑戦し、見事に成功されたんですね。

1977年にはパリにメゾンをオープンし、パリ・オートクチュール組合に属する唯一の東洋人として世界的な活動を続けました。

森英恵のオートクチュールのドレスは「どんなシーンで身につけても、安心していられる」と評されるほど、品格とエレガンスに溢れ、着る人に自信を与えるものとして愛されてきました

森英恵は、日本の伝統的な美意識を世界に発信し、1977年に日本人女性として初めてパリ・オートクチュール協会に入会しました。

彼女のブランドは世界的に成功し、日本のファッション界を牽引する存在になりました。

「マダム・バタフライ」の異名で呼ばれ、2004年には日本の文化勲章を受章しました。

パリ・オートクチュールって、なんかすごい響きやなー。森英恵さん、めっちゃすごい人やんな!

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森英恵が残した美意識と家族の絆。3世代の女性たちの物語が紡ぐ、ファッションと生き方のインスピレーション。