舞台衣裳家・緒方規矩子氏の功績とは? 演劇、オペラ、バレエを彩るデザインの軌跡舞台衣裳家・緒方規矩子氏が96歳で逝去。オペラ、演劇、バレエなど幅広いジャンルで活躍。
舞台衣装デザインの第一人者、緒方規矩子。オペラ、演劇、バレエなど幅広いジャンルで活躍し、数々の名作を手掛けた。日本の舞台芸術界に多大な貢献をし、数々の賞を受賞。その情熱と功績は、今もなお舞台芸術界に影響を与え続けている。
💡 96歳で逝去した舞台衣裳家、緒方規矩子氏。新国立劇場をはじめ、数多くの舞台衣裳を手掛ける。
💡 京都市立美術大学卒業後、劇団設立を経てデザイナーへ。舞台衣裳家としてデビューし、才能を開花させる。
💡 オペラ、演劇、バレエなど、幅広いジャンルで活躍。数々の賞を受賞し、日本の舞台芸術に貢献。
緒方規矩子氏の人生を振り返り、その類まれな才能と功績を、多岐にわたるエピソードと共にご紹介していきます。
舞台への扉
緒方規矩子の情熱が注がれた舞台芸術とは?
劇団設立、舞台衣裳デザイン
緒方規矩子氏の訃報から、彼女の舞台衣裳デザイナーとしての人生を振り返ります。
舞台への扉が開かれた瞬間とは。

✅ 舞台衣裳家の緒方規矩子氏が2月7日に96歳で逝去したことが発表されました。
✅ 新国立劇場では、開場当初から多くの作品で衣裳を手掛け、オペラ、演劇など幅広いジャンルで活躍しました。
✅ その功績を称え、新国立劇場は氏への敬意と冥福を祈っています。
さらに読む ⇒新国立劇場出典/画像元: https://www.nntt.jac.go.jp/release/detail/23_029211.html緒方規矩子さんのご逝去、心よりお悔やみ申し上げます。
長きにわたり舞台芸術界を支えられた功績は計り知れません。
1928年、東京府日本橋に生まれた緒方規矩子は、京都市立美術大学で図案科を専攻し、在学中から演劇に深く関わりました。
卒業後、自ら劇団「喜劇座」を設立するなど、舞台芸術への情熱を燃やしました。
その後、鐘紡での勤務を経て、舞台衣裳デザイナーとしての道を歩み始めます。
えー、緒方さんって、すごい方だったんですね。舞台衣裳って、作品の世界観を左右する大事なものだから、すごいな。
デザイナーとしての飛躍
緒方規矩子の舞台衣裳デザイナーとしてのデビュー作は?
関西歌劇団『椿姫』
緒方規矩子氏がデザイナーとして飛躍していく様子を辿ります。
舞台衣裳家としての地位を確立するまでの道のりとは。

✅ 舞台衣裳家の緒方規矩子が2月7日に心不全のため96歳で死去した。
✅ 京都市立美術大学卒業後、劇団喜劇座を創設し、1952年に舞台衣裳家としてデビュー。オペラ、演劇、バレエなど多岐にわたる舞台で活躍し、朝日舞台芸術賞特別賞などを受賞した。
✅ 通夜・葬儀は家族葬で行われ、後日しのぶ会が予定されている。
さらに読む ⇒ナタリーポップカルチャーのニュースサイト出典/画像元: https://natalie.mu/stage/news/610923緒方さんの才能が、妹尾河童さんとの出会いや゛スタッフ・クラブ゛の結成によってさらに開花したんですね!素晴らしい。
1952年、緒方規矩子は関西歌劇団の『椿姫』で舞台衣裳デザイナーとしてデビューを果たし、その才能を世に示しました。
その後、舞台衣裳の世界でその才能をさらに開花させ、妹尾河童の招きで上京、1955年に東京デビューを果たします。
1957年には、演出家の栗山昌良や外山雄三らと共に゛スタッフ・クラブ゛を結成し、舞台衣裳分野の第一人者としての地位を確立しました。
舞台衣裳家って、服のデザインだけやないんやろ?役者の動きとか、舞台全体のバランスとか、考えなあかんこといっぱいあるんやろなぁ。すごいわ。
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オペラ、バレエ、演劇…日本の舞台芸術を彩った衣裳家、緒方規矩子。数々の名作を手掛け、96歳で逝去。その情熱と功績は永遠に。