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天童よしみ、歌に生きた人生とは?国民的演歌歌手の軌跡を紐解くのど自慢荒らしから国民的演歌歌手へ:天童よしみ、歌人生を振り返る

演歌界の女王、天童よしみの波乱万丈な人生!幼少期から歌一筋、ミリオンセラー『珍島物語』で国民的歌手へ。結婚よりも歌を選び、紅白出場を重ねる彼女の生き様とは?歌に人生を捧げた天童よしみ、その魅力に迫る!

天童よしみ、歌に生きた人生とは?国民的演歌歌手の軌跡を紐解くのど自慢荒らしから国民的演歌歌手へ:天童よしみ、歌人生を振り返る

📘 この記事で分かる事!

💡 小学生時代から歌好きで「のど自慢荒らし」の異名をとるほどの実力。

💡 1972年に演歌歌手としてデビューし、数々のヒット曲で人気を博す。

💡 結婚を選ばず、歌に人生を捧げ、現在も精力的に活動を続けている。

それでは、天童よしみさんの華々しい歌人生を、幼少期から現在に至るまで、詳しく見ていきましょう。

歌声に生きた幼少期とデビュー

天童よしみ、デビューのきっかけは?

ちびっこのどじまん出演から、アニメ主題歌歌手!

幼少期から歌手デビューまでの道のりには、多くの葛藤や困難があったようです。

負けたらあかん」で年の天童よしみ、天才少女としてデビューし゛のど自慢荒らし゛から歌謡界を代表する歌手へ「どんなことがあってもステージ」のこだわり(ページ目)
負けたらあかん」で年の天童よしみ、天才少女としてデビューし゛のど自慢荒らし゛から歌謡界を代表する歌手へ「どんなことがあってもステージ」のこだわり(ページ目)

✅ 小学生時代に゛のど自慢荒らし゛として活躍し、数々のコンテストで優勝を重ねた天童よしみは、後に『ちびっこのどじまん』の日本一決定戦で敗北を経験し、歌うことへの喜びを失い、歌手活動に悩む時期があった。

✅ 中学生の時に父親の勧めで『全日本歌謡選手権』に出場し、10週勝ち抜いてデビュー。デビュー後はヒット曲に恵まれず、演歌の壁に直面し、歌手を辞めようと考えるほど落ち込んだ。

✅ 歌手活動を続ける中で、河内音頭での活動も行い、母親の励ましもあり、最終的には歌手を続ける決意をする。料理やお花など、歌以外の活動にも取り組み、新たな発見もあった。

さらに読む ⇒週刊女性出典/画像元: https://www.jprime.jp/articles/-/29489?page=2

落ち込んだ時期もありましたが、母親の支えもあり歌手を続ける決意をしたというのは、とても感動的ですね。

演歌歌手として活躍する天童よしみは、1954年、大阪府八尾市で生まれました。

幼少期から歌好きで、父親の影響を受けながら、数々ののど自慢大会で才能を磨き、「のど自慢荒らし」の異名をとるほどでした。

7歳から出場したフジテレビ『日清ちびっこのどじまん』出演をきっかけに、1970年、吉田よしみ名義でアニメ主題歌歌手としてデビュー。

中学卒業と同時に母親と上京し、歌手としての道を歩み始めました。

72年には『全日本歌謡選手権』でグランドチャンピオンに輝き、竹中労作詞の「風が吹く」で天童よしみ名義で演歌歌手としての活動を開始しました。

すごい!小さい頃からそんなにテレビに出てたって、もうスターじゃん!でも、悩んだ時期もあったんだね…。

国民的演歌歌手への道

天童よしみ、結婚よりも歌を選んだ理由は?

歌への覚悟と家族への責任感。

「珍島物語」が大ヒットし、国民的演歌歌手としての地位を確立したというのは、素晴らしいですね。

サンデー毎日:現役最高峰の演歌歌手天童よしみ物語/上「お客さまから何かを託された」松尾潔

公開日:2024/02/22

サンデー毎日:現役最高峰の演歌歌手天童よしみ物語/上「お客さまから何かを託された」松尾潔

✅ 国民的歌手・天童よしみは、類まれな歌唱力と親しみやすいキャラクターで演歌界を支え、デビュー50周年記念の「天童人形」が復刻されるほどの根強い人気を誇っている。

✅ 彼女は、1954年生まれで、素人参加型歌番組での活躍を経て、1972年に「天童よしみ」として本格デビュー。初期はヒットに恵まれなかったものの、85年の移籍後の「道頓堀人情」や96年の「珍島物語」が大ヒットし、紅白歌合戦にも長年連続出場している。

✅ 歌手生活52年目を迎えた天童は、ヒット曲「珍島物語」に対して当初は自身の表現とのギャップを感じていたが、札幌雪まつりでの歌唱をきっかけに状況が変化したことを明かしている。

さらに読む ⇒週刊エコノミスト出典/画像元: https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20240219/se1/00m/020/004000d

天童さんのように、自分の表現とのギャップを乗り越えていくこと、すごく大事だなと思いましたね。

天童よしみは、その後も力強く活動を続け、1996年には「珍島物語」でミリオンセラーを記録し、国民的演歌歌手としての地位を確立しました

1993年の紅白歌合戦出場を機に、歌手としての道をさらに邁進することを決意し、結婚や恋愛よりも歌に人生を捧げる覚悟を固めました。

彼女は、歌手としての多忙な仕事と、家族への責任感から、結婚の選択肢を選ばなかったといえるでしょう。

ほー、歌い続けるために、結婚も諦めたんかいな。男からしたら、ちょっと寂しい話やな。

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演歌界の歌姫、天童よしみ69歳。結婚よりも歌を選んだ彼女の、熱い歌声と生き方に迫る。紅白最年長記録更新!