Beyond Carpet Logo Menu opener

MISIAの母・伊藤瑞子さんの人生は、医師の道と母としての葛藤で彩られていた?医師であり母である彼女の生き様とは!!?

📘 この記事で分かる事!

💡 伊藤瑞子さんは、戦後、祖父から「女の子も手に職をつけて自分の力で生きていかなければならない」と教えられ、医学部へ進学しました。

💡 医師として働きながら、年子の子供を育て、仕事と子育ての両立に奮闘しました。

💡 自身の経験から、育児をしながら働く女性を支える環境づくりにも積極的に取り組んできました。

本日は、MISIAの母親である伊藤瑞子さんの人生についてお話をお伺いしていきます。

医師の道と母としての葛藤

伊藤さんのような女性が医師を目指していた時代背景が伺えますね。

MISIAの母親である伊藤瑞子さんは、戦後混乱期に生まれ、祖父から「女の子も手に職をつけて自分の力で生きていかなければならない」と教えられました。

医学部進学を決めたものの、教授から「女性は税金のムダ」と差別的な発言をされた経験も語っています。

結婚後も仕事を続け、年子の子供を育てながら研究に励みましたが、仕事と子育ての両立は難しく、ストレスから十二指腸潰瘍を患ったこともありました。

ある日、子供が熱を出して夫と揉めている際に、3歳の娘が「病気になってごめんなさい」と泣いた姿を見て我に返り、子育てと仕事のバランスについて深く考えさせられたと語っています。

この経験は、伊藤さんにとって子育てとキャリアを両立する上で大きな学びとなり、その後、娘も歯学の道に進んだとされています。

院内保育所と家族の支え

伊藤さんが医師として働きながら子育てをできたのは、院内保育所があったからなんですね。

伊藤瑞子さん、医師として働きながら3人の子供を育てる中で、当時の画期的な院内保育所が仕事と子育ての両立を支えていました。

国立病院の労働組合が設立した院内保育所は、24時間いつでも預けられ、夜間の急な呼び出しにも対応できる体制でした。

看護師さんなど多くの病院職員が利用し、昼休みには子どもに会えたり、夜間勤務後には子どもと一緒に仮眠をとったりすることも可能でした。

病院と宿舎が近かったため、通勤時間や移動時間のロスも少なく、夫も育児に積極的に参加しやすかったと伊藤さんは語っています。

夫は、仕事の合間に子どもと遊んだり、迎えに行ったり、伊藤さんが当直の際は自宅で子どもを見てくれるなど、育児に積極的に協力していました。

伊藤さんは、当時の環境が男性の育児参加を促進し、女性医師の負担軽減にも繋がっていたと振り返り、現代でも時間的な無駄を減らし、男性の育児参加を促す社会システムの構築が重要であると訴えています。

学び続ける挑戦 - 育児の共有

71歳で大学院に進学されたのは、すごいですね。

伊藤瑞子さんは、小児科医として働きながら71歳で大学院に入学しました。

年齢制限について心配しましたが、社会人向けの授業制度もあり、仕事と学業を両立することができました。

大学院では、女性が働きやすい社会について学び、特に「育児の共有」というテーマに着目しました。

これは、夫婦間で子育てを分担し、男性も育児に積極的に参加することで、女性の負担を軽減し、より働きやすい環境を作ることを目的としています。

フランスの男性産休制度に触発され、日本の社会における父親像や育児の分担について、より深い考察を行いました。

伊藤さんは、大学院での学びを通して、女性の社会参画を促進し、男女平等な社会の実現に貢献したいと考えています。

家族の支え合い - 自立への道

伊藤さんのご家族は、それぞれ減税分をどのように使いたいと考えているのでしょうか。

伊藤さんは、医師として働きながら3人の子供を育ててきました。

長女と長男は7歳と8歳離れており、次女は長女と長男に可愛がられ、子育てを助けてもらったそうです。

特に、小学生になった長女と長男は、伊藤さんと夫が仕事で不在の際に、半日ほどお留守番をしてくれたり、夏休みにはお弁当を作ったり、昼食代を渡したりして、自立心を育んでいました。

伊藤さんは、子供たちが親の不在を自由に過ごすチャンスとして捉え、成長に役立ったと考えています。

また、長女は部活の際に次女を連れて行ってくれたり、様々な場面で子育てをサポートしてくれたそうです。

伊藤さんは、子供たちが積極的に家族を助けることで、子育てを円滑に進めることができたと実感しています。

今日は、伊藤瑞子さんの人生を通して、仕事と子育ての両立、そして女性の社会進出について考える貴重な機会となりました。

🚩 結論!

💡 伊藤瑞子さんは、医師として働きながら、3人の子供を育てる中で、仕事と子育ての両立に苦労しました。

💡 自身の経験から、育児をしながら働く女性を支える環境づくりに長年関心を寄せてきました。

💡 71歳で大学院へ進学し、「育児の共有」をテーマに修士論文をまとめました。