知床遊覧船事故の社長、桂田精一氏とは?その人物像と経営の裏側とは!?
知床遊覧船の沈没事故で注目を集める桂田精一氏。陶芸家からホテル経営、そして観光船事業へ。華麗な経歴の裏で、事故原因となった経営の実態とは? 家族構成や、事故後の対応、地元からの声など、その全貌に迫ります。
💡 知床遊覧船事故の社長、桂田精一氏の生い立ちや家族について詳しく解説します。
💡 桂田精一氏の経営手腕や事故に対する責任についても検証します。
💡 事故後の対応や今後の展望についても考察していきます。
それでは、最初の章として、桂田精一氏の生い立ちと家族についてお話しましょう。
桂田精一の生い立ちと家族
知床遊覧船の社長、桂田精一氏の意外な人生とは?
陶芸家から遊覧船社長へ!再婚、子育ても。
桂田精一氏の生い立ちと家族について詳しく解説していきましょう。
公開日:2023/01/23

✅ 知床遊覧船の桂田社長は朝日新聞の取材に対し、事故前に船首部分のハッチの不具合を把握していなかったと明かした。運輸安全委員会は、このハッチの不具合が浸水の原因であると指摘しており、桂田社長は事故前にJCIによる中間検査で合格していたため、問題ないと信じて運航していたと説明した。
✅ 桂田社長は、出航前に船長と相談し、波が穏やかだったため出航を決断したと説明した。しかし、同業他社や漁協関係者らは、強風・波浪注意報が発令されていたことから、船長に航行をやめるよう忠告していた。桂田社長は、午後には荒れることを予想していたが、折り返し運転で対応する予定だったと述べている。
✅ 桂田社長は、事故の責任を感じ、乗客の家族らに謝罪する意向を示した。また、運航管理者の資格要件を満たしていなかったことについては、前任の運航管理者が亡くなり、やる人がいなかったため自分が就任したと説明した。第1管区海上保安本部は、桂田社長を業務上過失致死罪に問えるか、慎重に捜査を進めている。
さらに読む ⇒朝日新聞デジタル:朝日新聞社のニュースサイト出典/画像元: https://www.asahi.com/articles/ASR1Q6586R1CIIPE00C.html事故前に船首部分のハッチの不具合を把握していなかったというのは、非常に残念なことです。
事故後の対応も、家族への説明会に姿を見せなくなり、その態度に疑問の声が上がっているなど、様々な問題点が見られます。
桂田精一氏は1963年6月29日生まれで、北海道斜里郡斜里町ウトロ出身です。
地元の小中学校を卒業後、北海道網走南ヶ丘高等学校に進学し、その後、茨城県工業技術センター窯業指導所(現・笠間陶芸大学校)へ進学し陶芸家として活動していました。
2005年に知床へ帰郷し、2015年4月に家業を継承しました。
2017年5月には「知床遊覧船」を買い取り、社長に就任しました。
桂田精一氏は、2012年頃に最初の妻と離婚し、2018年6月25日に20歳くらい年下の女性と再婚しています。
現在の妻との間には、2019年12月に女の子が誕生し、2022年4月にも子供が生まれています。
陶芸家やってたのに、どうして船の会社を経営するようになったんや?
桂田家の家系と事業
桂田精一氏が経営を拡大した会社名は?
有限会社しれとこ村
続いて、桂田精一氏の家系と事業について見ていきましょう。

✅ 知床遊覧船社長・桂田精一さんの父親である桂田鉄三さんは、斜里町議会議員、遠音別神社の宮司、ホテル「しれとこ村」の元経営者という複数の肩書きを持っていた。
✅ 桂田鉄三さんは地元で名士として知られており、息子の桂田精一さんも父親の影響でホテル経営を引き継いだ。
✅ しかし、事故後に桂田鉄三さんが保険金に関して「たまたま、今年から掛け金が高い保険に入っていたよかった」と発言したことが話題となり、息子が起こした事故に対して無責任な態度だと批判されている。
さらに読む ⇒気になるニュースやお役立ち情報をお届け!出典/画像元: https://ladylabo.tokyo/shiretoko-katurada-father/桂田鉄三さんの発言は、息子が起こした事故に対して無責任な態度だと批判されているのにも納得ですね。
桂田精一の父である桂田鉄三氏は、しれとこ村グループの元会長で、ホテル業を営むほか、1999年〜2019年の間は、斜里町議会の議員として活動していました。
また、遠音別(おんねべつ)神社の宮司も務めていました。
桂田精一は、祖父の代から地元で有力者一族として知られる桂田家の出身で、父親は町議会議員を長年務めた地元の名士です。
桂田精一は、地元の小中学校を経て北海道網走南ヶ丘高校を卒業後、陶芸家として活動していました。
その後、離婚を経て地元に戻り、有限会社しれとこ村の取締役に就任し、2015年には代表取締役となり、4館のホテルを展開するまで経営を拡大しました。
桂田家は代々、地元で影響力を持つ一族であったことが分かりますね。しかし、今回の事故によってその影響力は大きく揺らぎつつあると言えます。
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知床遊覧船事故で注目、桂田精一社長。陶芸家から転身、多角経営の裏に潜む問題とは?責任と真相に迫る。