南部虎弾の生涯:過激なパフォーマンスと深い人間性?電撃ネットワークのリーダーとして!
電撃ネットワークのリーダー、南部虎弾が72歳で逝去。過激なパフォーマンスの裏側に隠された驚愕の真実とは? ピラニア飲み込み事件や足切断宣告など、命がけの危険を冒した伝説の芸人、南部虎弾の壮絶な人生を振り返る。
💡 南部虎弾さんは、ダチョウ倶楽部や電撃ネットワークで活躍したお笑い芸人です。
💡 南部虎弾さんは、過激なパフォーマンスで知られていますが、その裏には深い人間性がありました。
💡 南部虎弾さんは、2023年1月20日に脳卒中のため亡くなりました。
それでは、南部虎弾さんの人生を、初期の歩みから電撃ネットワークでの活躍、そして晩年まで、詳しく見ていきましょう。
南部虎弾の初期の歩み:夢を追いかける若者から芸人へ
南部虎弾(ダチョウ倶楽部)はどんな道を歩んできた?
俳優からコント芸人へ
南部虎弾さんの初期の歩みは、まさに夢を追いかける若者そのものだったと言えるでしょう。

✅ 5月11日に急死したお笑いトリオ「ダチョウ倶楽部」の上島竜兵さんを悼む声が多数寄せられています。特に、北野武、出川哲朗、大仁田厚など、上島さんと親交の深かった芸能人たちからのコメントが印象的です。
✅ 元ダチョウ倶楽部のメンバーである南部虎弾さんは、上島さんとの最後の再会について語っています。2019年の「ザ!世界仰天ニュース」の収録で、久しぶりに再会し、みんなで゛ヤー゛のポーズをとったのが最後だったと明かしました。
✅ 南部さんは、上島さんと出会ったのは37年前で、渋谷のストリップ劇場で共に芸人として活動していた時代からの長い付き合いだったと振り返っています。
さらに読む ⇒文春オンライン | 世の中の「ほんとう」がわかります出典/画像元: https://bunshun.jp/articles/-/54286?page=1フランスへの憧憬、音楽舞踊団への入団、そしてコント赤信号への憧れと、南部虎弾さんの情熱が伝わってきます。
南部虎弾(電撃ネットワーク)、本名佐藤道彦は1951年生まれ。
山形県鶴岡市出身で、鶴岡南高校を卒業、高崎経済大学は中退。
フランスに憧れ、高校時代からフランス語を学び始め、大学中退後はシベリア鉄道でパリへ渡り、ボランティア活動に従事しました。
帰国後は音楽舞踊団「カチュウシャ」に入団し、その後テアトルエコー養成所に入所。
その後、黒澤明監督の「影武者」に出演し、映画の世界に触れます。
市原悦子主宰の「番衆プロ」に入所し、「南部虎弾」と改名。
コント赤信号に憧れて「道頓堀劇場」を訪れ、そこでコントの魅力に目覚め、肥後克広、上島竜兵、寺門ジモンと「キムチ倶楽部」を結成。
その後、現在の「ダチョウ倶楽部」に改名し、六本木のバナナパワーでコントを始めました。
テレビ朝日の「テレビ園芸」で10週勝ち抜き、テレビ出演機会を増やし、太田プロに入り、北野武、片岡鶴太郎、山田邦子らと共演。
フジテレビの「ひょうきん予備校」に出演し、ダウンタウン、タモリ、山本晋也監督らと共演。
番組内で失礼な質問を繰り返したことで、プロデューサーやマネージャーから「どんどん失礼に行ったほうが良い」とアドバイスを受け、自身のスタイルを確立していきます。
まぁ、若い頃はみんなあんなもんやで。夢追い人ってやつやな。
電撃ネットワークの誕生と南部虎弾の挑戦:過激なパフォーマンスと闘病生活
南部虎弾は何の芸で有名?
過激な体張り芸
電撃ネットワークの誕生は、南部虎弾さんにとって新たな挑戦の始まりだったと言えるでしょう。

✅ 南部虎弾さんは、妻から腎臓提供を受けたことで体調が安定しているが、お酒をやめられず、妻から「腎臓返してよ!」と言われるほど夫婦仲は良好である。
✅ 電撃ネットワークは、「リハーサルをしない」「反省会をしない」「何事も30%でいい」というモットーで、ぶっつけ本番の過激なパフォーマンスを続けてきた。
✅ 南部さんは、「ラスボス」や「主」と呼ばれる風格を持ちながらも、中間管理職のように周りの人と距離を保ち、自分らしくいられることを重要視している。
さらに読む ⇒ 週刊女性PRIME出典/画像元: https://www.jprime.jp/articles/-/26640?page=4過激なパフォーマンスの裏には、南部虎弾さんの強い意志と、周囲との信頼関係が築かれていたことが伺えますね。
南部虎弾は、ダチョウ倶楽部を経て、1990年に電撃ネットワークを結成し、過激な体を張った芸で有名になりました。
1992年にはトーキョー・ショック・ボーイズとして海外進出し、オーストラリアを中心に活動。
2017年3月末に糖尿病の悪化により緊急入院、急性冠症候群による心不全と診断され、同年5月12日に心臓バイパス手術を受けました。
療養後、2019年5月28日には、糖尿病を原因とする腎機能低下の治療のため、妻をドナーとして生体腎臓移植手術を受けました。
現在は「腎臓移植をすすめるネットワーク」を主宰し、活動しています。
電撃ネットワークのパフォーマンスには、社会規範への挑戦という側面も読み取れますね。
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電撃ネットワークリーダー、南部虎弾さんの命がけパフォーマンスの裏側!ピラニアを飲み込んだ瞬間や、足切断宣告を乗り越えた驚愕のエピソード!